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スペースXのスターベースを、イーロン・マスクのツアーで回ろう

人類を多星間生命にすることを目標に、火星移住のための宇宙船「スターシップ(Star Ship)」の開発を猛烈なスピードで進める、イーロン・マスク率いるスペースX。先日は同社施設「スターベース」において、打ち上げ時と同じように、ブースターの「スーパーヘビー(Super Heavy)」の上にスターシップを載せ、その超巨大ロケットは世界中のスペースXファンを沸かせました。

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今スターベースでは、2021年内までのスターシップの初の軌道飛行試験に向け、急ピッチで準備が進められています。そんなスターベースの様子を「Everyday Astronaut」を運営するYoutuberティム・ドッドにイーロン自ら案内しました。今回はそのツアーを参考に、そのスターベースの様子と、イーロンの発言からうかがえる、彼のエンジニアリング哲学を紹介します。

 (Credit:Everyday Astronaut)

目次

スターベースとは

スターベースは、アメリカのテキサス州ボカチカに位置する、スペースXの所有するスターシップの開発拠点及び発射場です。他にも、フロリダにあるNASAケネディー宇宙センターなど、3つの発射場をすでに持っていますが、スターベースは完全にスペースX所有の施設となっています。また将来的には、宇宙港としての役割が期待されています。

組み立て中のスーパーヘビー

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スーパーヘビーのタンクとそのフィン(Credit: Everyday Astronaut)

まずは、スターシップの下段に位置することになるスーパーヘビーと呼ばれるブースター。初の軌道飛行試験で使われることになるのは、ブースター4と呼ばれる試験機です。写真はその​​スーパーヘビーの中部にあるメタンのタンクとフィンです。このフィンはスーパーヘビーの再着陸に向けて軌道を修正するために取り付けられます。それぞれの大きさがよく分かりますね。

ラプターエンジン

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ラプターエンジン(Credit: Everyday Astronaut)

ラプターエンジンはスペースXが開発したエンジンで、メタンと酸素を使って稼働するエンジンです。これはスペースXの目標である火星において、メタンと酸素を現地調達する計画であるためです。今のところスターシップには3つのラプターエンジン、スーパーヘビーには最終的には32個ものラプターエンジンが取り付けられる予定です。写真からはエンジンに、ピカチュウのイラストがジョークとして描かれていることがわかりますね。奥には、宇宙空間で使われるノズルの長いラプターバキュームと呼ばれるエンジンも写っています。イーロンによると、現在ラプターのバージョン2の開発が終わり、8月の末までには試験を開始できるそうです。

スターシップのノーズコーンと耐熱タイル

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スターシップのノーズコーンと耐熱タイルの貼り付け(Credit: Everyday Astronaut)

ほぼ絶対0度の宇宙空間と、大気圏再突入による超高温による激しい温度変化に耐えられるよう、スターシップの本体は耐熱タイルで覆われます。訪れた時は、まさにその耐熱タイルをスターシップのノーズコーン(先端)に貼り付けている作業の途中でした。 この耐熱タイルは、フロリダにあるスペースXの「ベーカリー」と言うところで大量に作られているようです。その様子は、さながらドラゴンの鱗のようです。

夜を徹して準備が進む打ち上げ場

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夜を徹して作業が行われる打ち上げ場(Credit: Everyday Astronaut)

打ち上げ場では、間近に迫るスターシップ初のの軌道飛行試験に向けて、夜を徹して作業が進められています。イーロンは次々とやってくる熱心な現場監督から次々と説明を受けていました。ちなみに、後に見えているクレーンは世界で2番目に大きなクレーンだと言うことです。

イーロンのエンジニアリング哲学

イーロンはスペースXのみならず、テスラ、OpenAI など様々な事業を手がけています。どの企業も、宇宙開発、電気自動車の自動運転、AIなど時代の最先端技術扱う会社であり、どの事業も驚異的なスピードで成長を遂げています。その秘訣として、彼は5つのプロセスからなる、彼の「エンジニアリング哲学」をシェアしてくれました。

 

 1.「ばかばかしい」要件をできるだけなくす

エンジニアリングの過程において、それぞれの部署がいろんな要件を出してくるが、基本的にそういった要件は「ばかばかしい(dumb)」もの。優れたエンジニアほど、自分が担当する箇所に対して疑いをあまり持たずに要件を出してしまう。そういった要件が重なって、より開発が難しく、遅くなっていく。スペースXでは、要件を出すときは、部署でなく、エンジニアの名前でだすことになっている。また、誰もがチーフエンジニアという自覚を持って、常に全体を把握しつつ、担当の部分の開発に当たっている。
2.パーツやプロセスを可能な限り減らす

最低でも10%以上は減らせなければ、十分でない。念のため、このパーツやプロセスを入れよう、なんてもってのほか。そのパーツ分の重さ分、エンジンの出力や燃料をふやさなければならず、倍々ゲームで膨らんでいってしまう。
3.デザインを単純化、最適化する

ステップ1と2をしっかりやってから、ステップ3にかかること、これが一番大切。優秀なエンジニアほど、もともと必要のないものを最適化してしまう。なぜなら、大学・大学院では、与えられた問題自体を疑うことはせず、それに対するベストアンサーを考えることに重点をおかれているから。

4.生産サイクルを加速化する

ステップ3をしっかりやってから、生産工程を加速化させる。これを怠ると、自分の墓を掘っているのを加速化させているような状態になってしまう。そもそも、よく機体のデザインやエンジンなどの機構の開発に目が行きがちだが、実際には生産工程を考えることの方が、エンジンや本体を設計するより100倍難しい。特に、スペースXは再利用ロケットシステムを実現させるため、生産費を含んでの1トン打ち上げるのにかかる費用を減らすことが一番大切。
 5.自動化する

しっかりと生産工程を自動化できたら、工程途中でのテストは省き、最終テストだけ行うようにする。

 

イーロンでさえも、よくこのステップを反対にたどってしまうこともよくあったとか。例えば、テスラの電気自動車であるモデル3の工場生産において、車内の底とその下にあるのバッテリーとの間にあるファイバーグラスでできたマットが、全行程のボトルネックになっていたことがあり、イーロンはバッテリー工場に住み込んでまで、生産しているロボットの改良などをして、そのボトルネック解消に取り組みましたが、なかなか良い結果は得られませんでした。色々な試行錯誤の後、最終的にこのマットは何のためにあるのかと尋ねたところ、バッテリーを担当する部署は「振動除去のため」と答える一方、振動を担当する部署は「防火のため」と答え、このマットは何の機能も果たしていないことが実験で実証されたそうです。これにより、2億円分の生産ロボットも必要なくなり、ボトルネックも解消されたそうです。世界一といっても過言でないエンジニアチームを持つ、イーロンもこういった漫画のような状況によく出くわすそうです。

 

またイーロンは、スペースXが上記の哲学の実践例として

  • スペースXが開発する月着陸船の姿勢制御は、アポロのように独立したガススラスターではなく、打ち上げの時に使用したタンク内に残ってるガスを放出して行う
  • スターシップとスーパーヘビーの分離には特別な分離機構は使わず、機体を回転させることで自然と分離するようにする
  • スターシップには、アポロ計画で見られたような脱出機構はつけない。と言うのも、月着陸や、火星着陸の際にはどのみちそういった脱出機構は無いから

といったようなことをあげています。

スターシップ計画とスペースシャトル計画の根本的な違い

スターシップ計画における設計思考を説明する中で、イーロンはNASAスペースシャトル計画との根本的な違いについて述べています。

スペースシャトル計画は、早い段階から有人飛行であり、また政府系のプロジェクトであることによって、毎回の実験や打ち上げにおいても失敗は許されないものでした。つまりデザインのまずさを指摘したり、変更をする事はハイリスクであるがローリターンだったわけです。そうした中でチャレンジャー号爆発事故が起きたのでした。

対して、私有企業であるスペースXは、早いサイクルで失敗を繰り返すことが許されます。特に、スペースXのロケットは再利用ロケットなので、そのパーツを大量生産することを前提としており、失敗しても大きな損害にはならず、むしろ失敗を繰り返すことで開発を加速させているのです。スペースXは2021年5月にスターシップの再着陸に成功するまで、何機もの試験機を爆発・炎上させてデータを取り、次の試験機に生かしました。実際、失敗の原因はいつも、エンジニアが事前に提出してきた予想されるリスクのリストにはなかったものでした。そうしてできた次の試験機は、前回とは全く違ったものになるそうです。こうして、スペースXは未踏の分野でありながら、圧倒的な速さで成果を出し続けているのです。

これは俗に言う、ギャランティー型とベストエフォート型の違いとも言えます。政治的、金銭的なしがらみを抜けて、リスクを一手に引き受けるイーロンの勇気を持ってして初めて達成できることなのかもしれません。

最後に

最後に印象に残ったイーロンの言葉をいくつか引用します。

"All designs are wrong, it’s just a matter of how wrong"

全てのデザインは間違っている。問題は、どれくらい間違っているかだ。

Everyone’s wrong. No matter who you are, everyone is wrong some of the time.

みんな間違っている。誰であろうと。誰もが、往往にして間違っている。

I often am wrong. Take what I am saying with a grain of salt

私はよく間違っている。今僕が言ってる事を割り引いて聞いて。

 

"if we operate with extreme urgency we have a chance of making life multi-planetary. It’s still just a chance, not for sure. If we don’t act with extreme urgency, that chance is probably 0.”

もし、私たちが今やろうとしていることを極めて緊急に進めるなら、人類を多星間生命にするというチャンスがあるかもしれない、単なるチャンスであって、確実ではないけどね。でも、こうでもしなければ、確率はたぶん0だ。

 

"It is cool that people are getting excited about rockets and find out how the rockets work, and thinking maybe about life becoming multi-planetary and being a space  civilization cause the experience makes our future inspiring. ~I hope this gives people confidence about future and that humanity will have an exciting future in space, and we can make science fiction not always fiction but a reality one day."

(スペースXのプロジェクトを通じて)皆が、ロケットやその仕組み、私たちが多星間生命や宇宙文明になるになることに、ワクワクしてくれているのは素晴らしいことだ。そうすることで、未来が私たちに刺激を与えてくれるから。今やっていることが、人々に未来に対しての自信を持ち、人類の宇宙におけるワクワクする未来に対して自信を深めてくれる事を願ってるし、いつかサイエンスフィクションを現実のものにできると思う。

 

結局、究極のデザインなんて存在しないし、自分も含めてみんな多かれ少なかれ間違っている、というある意味とても謙虚な前提を持ちつつ、火星に移住するという目標に向かって最短経路で進めるよう、徹底的に無駄を削ぎ落とした上で、最適化、加速化、自動化させる。失敗を高速で繰り返し、それに基づいて、柔軟に方向性を変える。そしてこれらを、毎日が緊急事態化のようなスピードで進める。イーロン・マスク、そしてスペースXを含む彼の企業の驚異的な成長の秘訣を、垣間見たような気がしました。